特別企画 令和5年度教育者表彰(文部科学大臣表彰)受賞者寄稿 決して忘れてはならない人 ~あなたに出会ったから今の私がある~会津若松市立荒舘小学校長 鈴木 基之(前 会津若松市立城北小学校長)
生まれてから61年間。たくさんの方にお世話になり、今も毎日楽しく
生きることができています。その中でも、忘れられない人がいます。こ
の人と出会わなければ・・・・。
私は、採用になってからしばらく特別支援学校に勤めていました。今
から30年ほど前、担任していた生徒の中に、自分の意思を音声ではほと
んど表さない人がいました。私は毎日その人の手を引き、その人が好き
だと思われる学習や遊びに誘いました。支えていると思っていました。
宿泊学習の夜中のこと、その人はなかなか寝付けず唸っていましたが、
すっと布団から出て立ち上がりました。「トイレかな」と思い、私も布
団から出ようとしました。するとその人は、私ではなく別の教員の髪の
毛をちょっと引っぱり、一緒にトイレに行くよう誘ったのです。当然私
を誘うものと思っていました。自分の家ではない場所で、夜中にトイレ
に行くというなかなか難しい場面で、私はその人に必要とされなかった
のです。
愕然としました。その時頼りにされた教員の日頃の関わりを思い浮か
べながら、なぜと自問の繰り返し。
「私は、口も手も出し過ぎていた 音声をほとんど使わないその人の
ことをよく理解できてもいないのに、さも、代弁者のように振る舞い、
誘導し、自己満足に終始し、全くその人の役には立っていなかった」
自分の力のなさを痛感し、とても悲しく、くやしい思いをしました。
こどもの目や指先の動き、手の引き具合、動き出すまでの時間、呼吸、
活動中の表情や動きの速さなどを中心に、こどもの思いを何とか理解し
ようと努力し始めたのはこの出来事があったからです。
今年61になりました。今も、「子どもたちのよりよい成長のためにな
っているか」「教職員が自分の力を十分に発揮し、日々、納得・満足す
る役に自分は立てているのか」を常に考えています。そんなにうまくは
いかないのですが、少しずつでも前に進んでいるような実感はもってい
ます。
あの時、あの人と出会わなければ・・・。私に人としての在り方を教
えてくれたあの人は、忘れられない人、決して忘れてはならない人なの
です。